こんにちは。
2023年10月7日にハマスによる襲撃で、イスラエルのスーパーノバ・エレクトロニクス・フェスティバルから連れ去られて以来、消息が途絶えていたドイツとイスラエルのハーフ、シャニ・ルークさん。
2023年10月30日のイスラエル当局からの発表で、ハマス襲撃から数分後に銃殺されていた可能性が高いことが、報告されました。
両親と弟さんが、現在の心境をメディアに激白しました。
シャニ・ルークさんについて
引用元: Instagram.com
プロフィール
シャニ・ニコル・ルーク / Shani Nicole Louk
2001年2月7日 – 2023年10月7日(推測)
家族
父親(ニシムさん、Nissim イスラエル人)
母親(リカルダさん、レーベンスブルグ出身のドイツ人、ユダヤ教に改宗し、1990年代初頭にイスラエルに移住)
姉(アディさん Adi、3歳年上)
弟(アミットさん Amit、2歳年下)
弟(オルさん Or、8歳年下)
国籍 ドイツとイスラエル
一家の居住地 ガザ地区に近いイスラエル南部の村
学歴
グラフィックデザイン科卒(大学)
職業
タトゥー・アーティスト、インフルエンサー
スーパーノヴァ・エレクトロニック・フェスティバルでのハマスの襲撃
引用元: Instagram.com
イスラエル南部のガザ地区近くで開催された「スーパーノヴァ・エレクトロニック・フェスティバル」には、3千人もの若者が、参加していました。
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シャニ・ニコル・ルークさんは、メキシコ人の彼氏と一緒に、その、音楽フェスティバルのオーガナイザーの一人として、活躍していました。
2023年10月7日、ハマスが突然大勢で襲撃してきた時、家族思いのシャニさんは、すぐに2歳年下の弟に電話しました。
そして、最後に言った言葉が
『今出発するから、心配しないで』
そしてそれがシャニさんが家族と話した最後の言葉になってしまいました。シャニさんは自家用車で、他の参加者たちと一緒に、なんとかその場から逃げようとしていたのでした。
残念ながら、弟のアミットさんがシャニさんを次に見たのは、ハマスがSNSに拡散した恐ろしい動画でした。
シャニさんは、片足を不自然に曲げてピックアップの荷台に半裸で微動だにせず横たわっていて、「アッラー・アクバル」と叫ぶテロリストたちに囲まれていました。
アミット・ルークさんはスカイニュースのインタビューに答えて、
「姉がこれほど悲惨な状況にあるのを見るとは思ってもいなかった」
と語りました。
母親のリカルダさんは、シャニさんがガザ地区の病院に入院しているらしいとの情報を得たと、メディアに話していました。
ところが、その情報が出た後は、全くなんの新しい情報も入って来ず、リカルダさんたち家族は、
「シャニの生存を疑い始めています。1週間以上、何の連絡もありません。こちらは全ての情報を提示しているのに、ドイツ政府は何もしてくれません。」
とドイツの「Bild」誌に訴えていました。
そして10月30日になって、イスラエル国防軍(IDF)が、シャニさんの死亡を明らかにしました。
DNA鑑定でシャニさんのものであることが確認されたようです。
CNNの取材に鑑定に関わった法医学検査官によると、側頭骨の臼状部の骨片が発見されて、DNA鑑定の結果、シャニさんのDNAと一致したのだそうです。
その骨は、脳に血液を供給する頸動脈付近の骨だったため、生存している可能性は全くないと判断されたのでした。
シャニさんの頭蓋骨がどこで発見されたのかは、発表されていませんが、父親のニシム・ルークさんは、イギリスの「Daily Mail」に
「(シャニは)撃たれて即死した。苦しむことはなかった」
と語りました。
つまり、シャニ・ルークさんは、あの悍ましい動画でピックアップの荷台に横たわっていた時は、すでに死亡していたのでした。
母、リカルダさんの激白
引用元: Instagram.com
シャニさんの母親、リカルダさんは、娘の死亡が報告されてから二日後の、11月1日に、ドイツの「Stern」誌のインタビューに応じて、
「私たちの娘が亡くなったと聞いて、とても悲しいですが、
娘が苦しんでいなかったこと、
死んでいること、
監禁されていないこと、
重傷を負っていないこと、
そして彼女がこの戦争を体験せずに済んだことに、
少なくとも少し安心しました。私たちも、これで区切りをつけることができます、まあ、ひとまず。
人質の方々の家族、親族の方々のことを思うと、申し訳ないです。
(人質に取られて、生きているかも死んでいるかもわからず)3週間も何の情報も得られないなんて、想像を絶することです。
(家族が今どこでどんな状態なのか)わからない」ということが一番辛いことです。
引用元: stern.de / 日本語訳 karasu
と語っていました。
父、ニシムさんの激白
引用元: Instagram.com
父親のニシムさんは、同じく11月1日の「Stern」誌のインタビューに、
(ハマスの襲撃の)直前まで、彼女はパーティーで一晩中踊っていました。
彼女はたくさんの仲の良い友人と一緒にいました。
彼女は幸せでした。ダンス、ハグ、ラブ!
それから数分。 いいえ、死の恐怖を体験したのはほんの数秒です。
でも、ダンス、ビューティー、ラブ、ハピネスは彼女の中に、永遠に存在しているのです。
引用元: stern.de / 日本語訳 karasu
と語っていました。
2歳年下の弟、アミットさんの激白
引用元: news.sky.com
2歳年下の弟、アミットさんは、イギリスのスカイ・ニュースへのインタビューで、母親のリカルダさんと同じように、姉が亡くなったと分かって、安堵したと答えていました。
他の多くの拉致された人たちの家族と違って、せめて、今、姉がどこにいるのかわかって、彼女は今苦しんでないとわかるから、と。
そして
(姉が、残虐に殺されたけれど)、憎しみは、次の憎しみを巻き起こして、その憎しみのループは永遠に続いてしまいます。
だから僕は、憎みません。憎むことにエネルギーを使いたくありません。
引用元: news.sky.com / 日本語訳 karasu
と語っていました。
葬儀ができない
引用元: news.sky.com
シャニさんの埋葬は、骨の断片があまりにも少なく、今のところできないのだそうです。
アミット・ルークさんは両親と他の2人の姉弟、Adiアディさん(25歳)と、Orオル君(14歳)と一緒に、ユダヤ教にのっとり1週間喪に服すそうです。
インタビューの最後にアミットさんは少し微笑みながらこう言いました。
彼女は音楽とタトゥーが大好きでした。 彼女は生まれつきとても芸術的な人でした。話し方、動き方、踊り方、全てが。
本当に純粋な天使でした。
おわりに
引用元: Instagram.com
こんな残酷な死を遂げたシャニさん。それでも、家族は、誰一人として「憎い」と口にしません。
姉のアディ・ルークさんは、追悼の意を込めて、シャニさんの新しいアカウントを作りました。
そして、シャニさんお気持ちを代弁したかのようなメッセージを残しています。